「どうした? お前がこんなミスをするなんて珍しい……」「あっ、す、すみませんすぐに片付けます!!」 メイドさんは心ここに在らずといった様子で、慌てながら割れたコップの破片を拾う。その間もチラチラとわたしの顔を見ては困惑を顔に出す。「どうかしたんですか……?」「い、いえなんでも……ございません……」 何でもないとは言っているものの、その動揺はわたしでなくても察知できていて、この場にいる全員が不自然に思っている。「わたしの顔を見て……はっ! もしかしてわたしとどこかで会ったことがあるんですか!?」 まさかと思いわたしは勢い良く席を立つ。じっと彼女の顔を観察しほんの些細な表情の変化も見逃さない。「い、いえ……知り合いに顔が似ていただけです……驚かせて申し訳ございません」 嘘をついている。目を泳がせ、こちらの顔をなるべく視界に入れないようにしている。「ま、待ってください!!」 わたしは部屋を出ようとする彼女の腕を掴み強引に引き止める。(怯えてる……?) 彼女の腕は震えており、何がそんなに怖いのか額に汗を浮かべている。まるで蛇に睨まれた蛙のように。「な、何でしょうか……?」「いやその……」 この焦りよう、何か知っている可能性が高い。だがこの怯えっぷりから詰め寄るのは酷だと自制が働く。「す、すみません何でもありません……」 この場で問い質してもあまり良い結果にはならなそうだ。それにここにはこれから調査の一環でまた来るだろうし、頭を冷やす時間を用意する意味も込めてここは一旦引き下がる。「本当にどうしたんだアイツ……? なんか悪かったな」「いえ気にしないで。じゃ、わたし達は帰るね」 気になりはするが、あまり遅くまで滞在はできない。わたしとロンドさんは捜査を切り上げ屋敷まで帰る。「おや、こんな遅くまでご苦労なことですね」 屋敷に戻るなりリントさんとばったり出会してしまい、開口一番にまた嫌味ったらしいセリフを吐いてくる。「あぁそうだ。ロンド、ちょうど父さんが家に帰ったところだ。挨拶してきなさい」「父上が? 予定より一日早いですが……分かりました行ってきます」 話の流れ的にわたしはついていかない方が良いだろう。そう判断し、リントさんに作り笑いを見せてから自室へと向かうのだった。☆「来たか……」 部屋に入るとそこにはソファに父上が
「いやでもまさかあんな長時間居て気づかないなんて……ぷぷっ! そのうち気づくと思ってたのになー」 あれから従者の人や衛兵さんに事情を伝え、わたし達は例の衛兵さんと共に彼から何があったのか事情を伺っていた。「はいそういうのいいから……それで発見時の様子を教えてくれるかな?」「ちぇ。こっちの人はつまんねーの。話せばいいんでしょ話せば」 衛兵さんは淡々と仕事を進め何があったのか聞き出そうとする。ミラモはそれが面白くないようで、悪態をつきながらも仕方ないと諦めその日何があったのかを語り出す。☆「はぁー今日もかったるかったぁ」 今日も今日とて親父や従者からやれ勉学やら礼儀作法を身につけるやらで疲れ果てていた。 オレはベッドに倒れ疲れを癒しつつも目は閉じない。枕元に置いてある箱に目を移す。赤い包装の施された丁寧で高級感のあるものだ。(親父……喜んでくれるかな?) 明日は両親の結婚記念日だ。いつもは商談などで忙しい親父だが、結婚記念日だけは絶対に仕事を入れないようにしている。そして母の遺影と共に盛大な食事をする。 それが亡き母へのせめてもの弔いと言って。(母さん……) 母は自分が幼い頃に病気で亡くなった。小さい自分ではその事実が受け入れられず、親父への反発も増え現実逃避がしたく女装をしたりしていた。 女装している間は他の誰かになったような気がしてだいぶ気持ちが楽になる。母親の死や迫るプレッシャーを忘れられる。 だがそれも明日だけは、大切な一日だけはオレも絶対にしないようにしている。(トイレにでも行くか……) 寝る前に少し飲み物を飲んだせいで尿意を催してしまい、オレは部屋を出てトイレに寄ろうとする。(物音……?) ほんの、普通なら気づかないような物音。だがオレの耳はそれを聞き取る。親父の部屋からした何かの音を。「親父……?」 第六感というものなのだろうか、オレは何かを察知し恐る恐る扉を開ける。部屋に入った途端風が足元を吹き抜け、鉄臭い匂いを運んでくる。「親父……なんだよそれ……む、胸……どうなってるんだよ!?」 返答などあるはずがない。暗がりの中確認しようと近づけば近づくほど匂いが強くなっていき、よりハッキリと親父の身体が見える。 胸にポッカリと穴を開け、血の池を作る自分の父親の姿が。☆「なるほど……誰にも気づかれず一突きで。物
「えーと次アイツが来やすいのは……」 彼女、ロンギと名乗った少女を仲間に入れわたし達は三人パーティーとなり捜索を続ける。いつもよく遊ぶ場所を案内され、その場で調査を行うが残念ながら見つかる様子はない。「うーんやっぱりもう戻ってるのかな……?」「いやそれはないと思うよー」「何で分かるの……?」「なんとなく、勘かな?」 衛兵さん達が現場を調べ終わるのにはまだ時間がかかるだろう。もし帰ってきていてもすぐに事情を聞くことは叶わないだろうし、時間を無駄にしたくないのでもしもの可能性を振り払い捜索を続ける。「こっちも探してみましたが居ませんね……」 ロンドさんも持ち前の身長で人混みの先を見てくれたがそれでも見つからない。本当に街に出たのかと疑問にさえ思ってしまう。「ねぇ……二人は例の一人息子のことどう思う? こんな大変な時に家を出た馬鹿息子のことを?」「例の事件は知ってるのね……確かにこんな状況で屋敷を抜け出すなんてあんまり褒められたことではないわね」「そう……」 ロンギはどこかもの悲しげな表情をするが、わたしが察知するのと同時にパッとそれしまい込む。「でもまだその子に何があったのか分からないし、安易には言い切れないよ。人の事情なんて分からないし、その子にはその子にとって大きな事情があったかもしれないし」 探偵として色んな人と接してきてそこら辺は嫌というほど知っている。師匠の元で探偵助手をし二年、事件を起こしたり起こされたりする人には理由や因果があることを熟知している。(家出……考えられるのは、家族と何か確執があったり、それとも自分も殺されると思って逃げ出したとか……かな?)「へぇ……案外アンタ見る目あんじゃん」 ロンギは友人を良く言われたのが余程嬉しいのか、中々見せなかった歳相応の無邪気な笑みをこぼす。「ここも……居なさそうですね」 ロンギが仲間に加わって数時間。彼女の出すヒントの元効率的に探し回るがそれでも探し人は見つからなかった。「ん〜そろそろ戻ってるかもね。よし一旦屋敷に帰ってみよー!」「戻ってるかもって何でそんなこと分かんのよ……まぁそろそろ良い時間だし一旦戻りましょうか」 そろそろ日も暮れてくる頃だ。衛兵さん達も何か新しい事実を掴んでいるかもしれない。わたし達は捜索を一旦中断し屋敷に戻ることにする。「ふぅ……結構歩いた
「えーと聞いた特徴をまとめると……」 あれから従者に軽く見た目を聞いてわたし達も捜索に向かうべく街に戻っていた。ある程度まで来たところでロンドさんがメモ帳を広げて聞いた内容を復唱してくれる。「年齢は14で背は低め、髪は茶色の短髪。服に関しては諸事情により不明……ですね」「メイドさん達焦っててよく聞けなかったけど、なんかたくさん服があるんだっけ?」「らしいですね。同じものも持っているらしく特定が困難だそうです」(流石お金持ち……それにまぁ従者さんも焦っても仕方ないよね。主人が殺されて、そんな時に一人息子も失踪しちゃったんだし)「とりあえず身なりが良さそうな子供を見つけるってことですね。家を出る時はいつも街に居るって言ってたから……ルートから考えて……」 地図を取り出し屋敷近くの場所を観察する。「何か分かりましたか?」「その子が抜け出した窓がここで、従者達の目を避けて通るなら……」 さっき軽く調べておいた情報と照らし合わせ指で地図をなぞる。「こっち方面に行った確率が高いですね」 流石に日が暮れるまでに街全部を探すなんて到底無理だ。なら限りある情報から絞って探すしかない。「ちょうど僕達がやって来た方向ですね。さっきは……情報に当てはまる人は居なかった気がしますけど……」「見れてないところや時間経過でこっちに来てる可能性もありますし、地道に探しましょう! 探偵は足ですし!」「ふふっ……そうですね。一歩ずつ……まずは一歩ですね」 前を向き、わたし達は足を動かし聞き込みや辺りの人間を観察したり捜索を進める。「見つからないな……」 昼過ぎになり若干暑くなってきたがそれでも例の一人息子は見つからない。もしかするともう既に屋敷に帰っているかもしれない。 そんな考え事をしていたためかわたしは通行人とぶつかってしまい、勢いもそこそこあったため尻餅をついてしまう。「いたたた……すみま……あっ!!」 痛むお尻を摩りながら立ち上がる際にその相手を認識する。ピンク色の艶やかな髪の、さっき喫茶店でいわれもデリカシーもない発言をしてきた女の子だ。「ったくしっかり前を……ってアンタさっきのケツデカ女!!」「誰がケツデカ女よ!! ほんっとうに失礼な子ね!!」 再び配慮も礼儀もない発言を投げつけられ、悪びれる様子もなく立ち上がり腕を組んで偉ぶる。 その様
「あっすみま……」「アンタどこ見てんのよ!!」 わたしより一回り小さいその子は、子犬が威嚇し吠えるようにこちらを睨み声を荒げる。「あっ、ご、ごめんね? 痛く……なかった?」 相手は子供だ。わたしは怒りなど湧かず彼女を宥める。「そんなデカいケツでノロノロ歩きやがって……」「デカっ……!? ちょっとあんたねぇ……!!」 子供相手とはいえお尻を指差され、羞恥心を刺激され顔を赤くしてしまう。「あの……シュリンさん?」 つい口論に発展してしまい、数十秒後心配したロンドさんが様子を見にくる。「誰だアンタ?」「ごめんねお嬢さん。僕の連れが何かしてしまったかな?」「別に……」 彼女はもう既に食事や会計を済ませていたのか、そっぽを向き店外に出ていってしまう。(もぅ……なんだったの……? 失礼な子……) 子供相手に本気になるのは大人気ないし格好悪いが、心の中で悪態をつくくらいは許されても良いだろう。「あの……シュリンさん。その、気にしないでくださいね?」「へっ……? あっ……」 ロンドさんが気まずそうにこちらを気にかけ、最初は何のことを言っているか分からなかったものの、数秒考えればそれが分かりわたしは恥ずかしさと怒りで顔が段々と紅潮していく。「ち、違いますから! あの子が適当なこと言ってただけですからね!!」 わたしは必死になって否定し、ズボンの裾を掴むようにしてお尻の輪郭を隠す。(うぅ……何でお手洗いに行くだけでこんな目に……!!) 少々トラブルはあったものの、その後わたし達は特に何もなく食事を終え、件の商人のお屋敷に着く。「はぁはぁ……結構歩きましたね」「ここの家は代々隣町との貿易で利益を上げていて、うちにも当主がたまに来ていたので被害者とは軽く面識がありましたが……まさか辻斬りに……」「許せませんよね……」 今からこの屋敷に入り事情を説明し色々調べさせてもらう。今朝からやることは分かってはいたがどうしても気が重い。 殺人事件の調査なんて今回が初めてではない。過去に数度そういう場に立ち合わせたことはある。(やっぱりちょっとナーバスになっちゃってるのかな……って、ダメダメ! 調査する時は余計なことを考えないようにしないと……!!) 気持ちを切り替え、どんな些細な手がかりでも掴むべく屋敷に踏み込む。調べに来ていた衛兵さんにはロ
「ん……ふわぁぁぁ」 わたしはベッドから起き上がり辺りを見渡す。(あっ、そうか……確か昨日ロンドさんのお屋敷に来て、辻斬りを見つけるか事務所がまた使えるようになるまで住まわせてもらうことになったんだった……) 寝ぼけた意識を覚醒させ、昨日の記憶と照らし合わせて情報を整理する。数十秒もあれば眠気も取れて目も覚める。「シュリンさん……?」 扉の向こうから数回のノック音と共にロンドさんの声が聞こえてくる。時刻は如何程か分からないが、わたしを起こしに来てくれたのだろう。「はい起きてます!!」 わたしはささっと髪を整え扉を開ける。「どうしたんですかロンドさん? そんな神妙そうな顔……?」 扉の先に居た彼の表情はなんとも言えないものだった。焦りや困惑があり目を泳がせるものの、同時にどこか安堵した様子で口元が緩む。「どうしたもこうしたも……昨日の夜どこに行ってたんですか? 探したんですよ?」「えっ……? 何の話ですか?」 記憶を辿れば、わたしはロンドさんが部屋から出てった後ベッドに飛び込んで眠ったはずだ。それ以降の記憶は先程起きた時まで途切れている。つまりはずっと寝ていた。どこかに行ってしまうことなんてありえない。「昨日の深夜、失礼かもしれませんが心配になりメイドに様子を見に行かせたんですよ。チラリと覗いて様子を見てくれって」「それで部屋にわたしが居なかったってことですか?」「そうなんです。それで色々と探して……数時間後気づいたら部屋に戻ってたという感じです。起こすのも悪かったので、朝まで待って来たんですが……何があったんですか?」「そ、そうは言われても……わたしは寝てただけですし……」 考えられる可能性を頭の中に数個生み出す。 夢遊病のように寝ながら動いてしまった可能性、寝相が悪くベッドの下などに入り込んでしまった可能性。しかしどれだけ可能性を模索しようが結局はもう終わったことで証明のしようがない。「とにかく何もなさそうで良かったですよ。もしかしたら一人で捜査に行く気だったかも……と思いましたから」「そ、そんな無鉄砲なことしませんよ!!」 結局真相は分からなかったが、身体に異常はないし捜査にも支障はないのでメイドさんに一言謝ってから予定通り捜査を始める。「ロンド、それにシュリンさん」 軽く朝食を済まし屋敷を出ようとしたところリント